「目玉焼き、固いかも」ポール・マッカートニーの料理を食べたスティーブンが語るウイングスの歴史

このシリーズでは、3回にわたって、当ラジオ局の代表スティーブン・ベナムのポール・マッカートニとの出会いを綴ります。第1回は、マッカートニとの最初の出会いについて語ります。この記事は、英語原文の参考訳です。

マネージャーからの電話

私がポール・マッカートニと彼の婚約者のリンダ・マッカートニに初めて出会ったのは、1974年にさかのぼります。当時、私はブージーアンドホークスに勤めていました。

ある日、私たちはマッカートニのマネージャーから、リンダに最新の楽器を紹介するためにキーボードシンセサイザーのデモ機が欲しいという電話をもらいました。そのため、私は「ARP Pro Soloist」と「ARP Odyssey」をカムデン・ハイ・ストリートにあるカルーセルクラブに届けにいくことになりました。

ロックバンドのウィングスは、当時ロンドンで新人ドラマーのオーディションやリハーサルを行なっていました。私が到着すると、駐車券をさっきもらったばっかりの登校中の子供たちをのせた水色のコンバーチブルなロールスロイスが止まっていました。その車に乗ろうとしているリンダ・マッカートニが駐車場の係員と口論しているのを私は目撃しました。そこで私はタクシーを降り、多くのすべきことがあるカルセールクラブに向かいました。
クラブでは、Road Crew(アメリカのバンド)が忙しそうにドラムやマイク、アンプをセッティングしていました。私も、持参したシンセサイザーをローズピアノの一番手前に配置するように言われました。ビートルズの大ファンとして、私のあこがれだったアーティストの一人として、自分がポール・マッカートニと話せる可能性が得られたことは、当時まだ17才だった私にとって願ってもいない幸運でした。

 

ポールとの最初のセッション

シンセサイザーをピアノの一番手前に配置して、彼が到着するのを座って待っていました。初めに到着したのはMoody Bluesのメンバーのダニー・レインで、私は彼にギターのチューニングをするためEコードをピアノから出すように言われました。この時点で来ていたポール・マッカートニーは、速やかにプレベを取り出し「Hi Hi Hi (ハイハイハイ)」を演奏した後、彼は数曲の標準的なロックンロール曲を弾きました。

ポールは、ピアノを奏でる私の優しいキータッチを見て、彼らのジャムセッションに参加するようにうなずいたのにはびっくりしました。他の意欲的なミュージシャンと同じように、私のあこがれと演奏できる機会を我慢することはできず、ついにピアノのソロ演奏に入ってしまいました。

私が持参した2つのシンセサイザーの隙間に、バックの手持ち部分にテープで貼り付けておいた小さな手持ちマイクがついたポーダブルカセットレコーダーを隠しました。親友に私がポール・マッカートニーと会ったと言っても信じてもらえないと思い、これを証明するよい方法を考えたのです。

 マッカートニーの子供たちを学校に連れて行き、容赦ない駐車場の係員と遭遇したリンダは、少し戸惑っていました。彼女は私がシンセサイザーを見るために座っていた場所にまっすぐ進み、2つのうちよいものはどちらかと言いました。私はポールから言われた違いを説明し、リンダにも試してもらうため、明日の朝にセント・ジョンズ・ウッドの家に両方のシンセサイザーも持って行くのはどうかと話しました。

その時、リンダから「あなたのバックにテープレコーダーが入っていますか?」と聞かれました。とても緊張しながら、私は「イエス」と答えました。「友達にあなたとポールさんに会ったこと証明したかったんです。」すると彼女は「レコーダーをオフにしてもらいたい」と言ったので、ゆっくりと腰をかがめて、レコーダーの電源を切りました。見つかってしまって、とても恥ずかしかったです。

 

ポールの手料理

 翌朝、私はセント・ジョンズ・ウッドにあるマッカートニーの白いジョージア式の家に行きました。そこは、アビー・ロード・スタジオからの道にあり、手塗りで塗装された古い大きなバスがとまっていました。

私はドアを2つのシンセサイザーを両脇に抱えながらノックしました。すると、中年の素敵な家政婦が出てきて、「まあ、キーボードの方ですね。お入りください。」と言われました。「リンダは子供を学校に連れて行っていてまだ帰っていませんが、ポールはキッチンで朝食を作っています。こちらへどうぞ。」

気づいてみると、なんと私はポール・マッカートニーにと一緒に年代物の大きなテーブルに座っていました。彼は、私のために手作りの目玉焼きのトーストと、それに添えられた新鮮なトマトのプレートを作ってくれました。
エリナー・リグビー、イエスタデイ、レット・イット・ビーを書いた人がここにいる!私の頭はそれでいっぱいでした。

彼:「来てくれてありがとう!ちょっとこの目玉焼き固いかも…」
私:「いいえ、この目玉焼きは素晴らしいです!」

こうして、私は彼と一緒に朝食を取りました。食事中、彼の今度のウィングスのツアーについて話していると、よければウェンブリーでのコンサートのチケットを2枚送ると言われました。もちろん、私はとてもはっきり「お願いします。」と答えました。

最終的にリンダは私から「Pro Soloist Synth」を買ってもらえました。ポールのマネージャーから約束通り無料でチケットも届き、私はガールフレンドとウェンブリーに行きました。、その後、私は楽屋にいき、お礼をいい、みんなで陽気な楽しい時間を過ごしました。

 

ポールマッカートニーと次に私が出会うのは、これから何年もたってからです。そのエキサイティングな話は、また次回に。スティーブン・べナムでした。読んでくれてありがとう。ストリートストリートラジオ。

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