ザ・プリーザーズ(The Pleasers)について

このラジオの創設者、スティーブン・ベナムが所属しているバンドの情報です。

 

ザ・プリーザーズのスタイル

スマートな見た目と実際に楽器を演奏する能力を持ったザ・プリーザーズは、ギター・ベースの新しい波に乗り、70年代後半のイギリスに音楽業界に大きな衝撃を与えました。

彼らは作曲し、素晴らしいハーモニーや軽快なギター、また鮮やかな60年代のドラムセットとともに数々の曲を奏でました。彼らのライブでは、男性はクールな薄いネクタイ、女性はおしゃれなミニスカートのファッションをしてもらうため、それらを配布しました。

 

テムズビート(thamesbeat):ロンドン市民の誇りとして、彼らは自らの音色をテムズビートと表現していますが、プレスで使われた「Powerpop(パワーポップ)」の方がご存じかもしれません。そう。ザ・プリーザーズは今日のメロディアスなポップを産んだバンドなのです!

 

青年向けの雑誌や音楽誌、また国民的な出版社を問わず、プリーザーズは1978年を代表する音楽として、外観と、そのスナップ写真がネオ・モッズ(Mod revival)を飾りました。

まだまだありますよ。彼らのライブ活動の大きな功績として、1966年の熱狂的なカバーのナンバー「The Kids Are Alright (ザ・フー)」は、発売された’78年の春、多くの好意的な評価やコメントをいただきました。

あなたが一度、幸運にも、すぐに完売する彼らのツアーに参加できたとしたら、あなたの記憶は蘇るでしょう。参加できなかったら、確実になんで行かなかったのかと後悔するでしょう。最近リマスターされた1977~78年の曲を聴いてください。今でも、新鮮で高品質なパワー・ポップです。

 

成り立ち

 

ザ・プリーザーズは1976年の終わりに結成され、その翌年のほとんどは、ロンドン中でライブをして回ったり、土曜の夜のギグ(クラウチエンドにあるステイプリトンホールターバン)を利用して演奏することで食いつないでいました。

 

レコード会社(A&R)の営業から唾を吐かれたり、北ロンドンでおがくずを振りかけられたりなど、じゃまされながらも、今のようにファンを増やすことができました。ステイプルトンは、フットボールで知られビリヤードバーに顔を出していましたが、常連がプリーザーズのライブに連れて行くに連れ、彼の心は毎週大きくなり、手伝いをしたくてしょうがなくなり、会場の入場料の管理をするようになりました。

チケットを売っていたある夜、ピート・ホーキンス(Pete Hawkins)とチップス・チッパーフィールド(Chips Chipperfield)が、その場にいたその男性の才能を見極め、すぐに契約書類にサインをさせ、録音機材の資金調達のためにアリスタ・レコード(Arista Records)に配属されました。

 

最初のリリースは、デムズビートのEPレコードでした。1977年10月、デッカのウェストハムステッドスタジオで録音し、カーリンのソリッドゴールドレーベルから発売されました。ニューウェーブや、大西洋の両側(米国と英国)のオルタネイティブチャートで絶賛を受けました。

3つのオリジナル曲は、とてもエキサイティングでエネルギッシュな迫力の、3分の自ら計画した進行でフィーチャーしたソウルやR&Bのカバーでロンドン中にタイトな2時間のショーをするバンドだと評されました。
「彼らの活気は、いかなる小さな非難も起こさせない」とタイム・アウト誌(ロンドンのタウン情報誌)。

NMEニュースはこう言いました:「テムズビート!それはザ・プリーザーズが演奏するものだ。復興論者?確かに彼らは、私が見てきた中で、一番純粋な本物のビート復興論者です。」音を加えて「…ザ・プリーザーズのテムズビートはクラッシュ、セックス・ピストルズ、ストラングラーズやジェネレーションXの時代と全く同じようだ。現代のポップのジグソーパズルにふさわしいピースだ。」

 

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